新法令・判例紹介

 

新法令・判例紹介

ハーグ条約

弁護士 田邊正紀 
(ニューヨーク州弁護士)

平成28年04月25日 掲載

 ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)が、2014年4月1日に日本において発効し、同日から、国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律(いわゆるハーグ条約実施法)が施行されました。 施行から2年経過し、裁判所がこの法律をどのように適用しているか振り返ってみたいと思います。   ハーグ条約は,国境を越えた子の連れ去り等は子の利益に反すること、どちらの親が子の監護をすべきかの判断は子の元の居住国で行われるべきであるとの考え方から, まずは原則として子を元の居住国へ返還することを義務付けています。これまでの裁判所の判断を見ていると、日本の裁判のハーグ案件実務は、この原則に忠実に運用されており、 例外事由については、極めて限定的に解釈されているという印象です。   子の返還拒否事由は、ハーグ条約実施法28条1項に定められていますが、このうち特に問題となることが多いのが、4項の「常居所地国に子を返還することによって、子を耐え難い状況に置くこととなる重大な危険があること」と5項の「子が常居所地国に返還されることを拒んでいること」だと思います。また、ハーグ条約実施法26条は、「常居所地国に子を返還することを命ずる」としていることから、「常居所地」がどこかということも問題となることが多いようです。以下、返還拒否事由ごとに検討してみます。

<常居所地国の認定>

 日本で初めて、ハーグ条約に基づき子の返還を命じたいと言われている大阪地裁の判決では、 父母いずれも日本人で、父親の仕事の都合で家族3人でスリランカへ転居し、約1年後の家族3人での一時帰国の際に母親と子がスリランカへの渡航を拒んだという事案で、子の常居所地をスリランカであると認定しています。確かに、ハーグ条約の適用においては、国籍は考慮要素ではありませんが、子の常居所地国についてとても厳格な判断をしていると思います。

<子の耐え難い状況の認定>

 4項の「子を耐えがたい状況に置く」という条項に関連してしばしば主張されるのが、返還を求める親によるDV(家庭内暴力)です。しかしながら、ハーグ条約に基づき常居所地国への返還がなされたとしても、 返還を求める親と同居する義務はないことから、裁判所は、常居所地国におけるDV被害者に対する保護制度が実効的である限り、 子を常居所地へ返還することを義務付ける判決をしているようです。また、返還を求める親が常居所地国における正規の滞在資格を有していない場合や、 連れ去り親が子と共に常居所地国へ戻ることができない場合(連れ去りにより逮捕状が発付される国もあり、事実上、戻ることができない場合が多い)でも、「子を耐えがたい状況に置く」との判断はせず、返還を命じています。

<子の返還拒否の認定>

 5項の「子が常居所地国に返還されることを拒んでいること」の認定については、まず子が何歳に達していれば「子の意思」が尊重されるかが問題となりますが、 11歳の子について子の意思を尊重することが適当であり、9歳の子について子の意思を尊重するのに適切な成熟度に達していないと判断したものがあります。子の成熟度の判断は、 年齢で一律に行われるわけではなく、それぞれの子の成熟度を判断してなされているようです。次に「返還を拒んでいる」というのがどのような意見のことを指すのかが問題となります。日本の裁判所は、 「連れ去り親と共に日本で生活したい」という意見は「返還を拒んでいる」には該当しないと判断しています。「返還を拒んでいる」といえるためには、 常居所地国での生活環境が耐えられないことや常居所地における教育を受けたくないと望んでいる場合(日本人学校やインターナショナルスクールが存在せず現地校に通うことを言葉の壁等を理由に拒絶している場合)などしか、 「返還を拒んでいる」には該当しないと判断しています。この判断はあまりに厳格であり、本当に子の利益に合致しているか否かには疑問が残ります。

<強制執行手続>

 ハーグ条約実施法においては、子の返還を命ずる判決が確定した後、間接強制を前置することが義務付けられています。 間接強制とは、簡単に言うと連れ去り親が執行力のある判決に反して子を常居所地国に返還しないことに対して制裁金を課すことにより、子を任意に常居所地国に返還することを促す手続です。 支払いを命じられる金額には幅があると思われますが、1日につき1万円との判断がなされた事例があります(但し、子が複数の事案におけるものですので、子が1人の場合にはこれより高額となる可能性があります)。 この制裁金が実際に強制執行されれば到底連れ去り親の生活は成り立ちませんし、連れ去り親とともに生活している子の生活も崩壊することになります。   間接強制によっても返還が実現しない場合には、いよいよ代替執行が行われることになります。代替執行は、返還実施者(返還を求める親など)と執行官が、実際に子の返還を実現するために連れ去り親の自宅等にやって来て、 実力で子を常居所地国に返還する手続です。しかしながら、代替執行は、いつでもどこでも実行できるわけではなく、最高裁判所の通知により、保育園・学校や通学路などでの執行できず、 自宅においても親が子を抱きかかえて抵抗する場合には強制執行できないとされています。実際の強制執行は、実務上は困難な場合もあるようです。

<外国面会交流の援助>

ハーグ条約においては、子を常居所地国に返還する部分が大きく取り上げられていますが、もう一つの大きな機能が、外国に居住する親と日本に居住する子の面会交流の実施援助です。子の返還請求は、子の連れ去りから1年が経過すると原則として認められませんが、面会交流の援助は、子が16歳に達するまで認められます。   具体的な面会交流の取り決めは、家庭裁判所の調停や審判でなされることが一般的だと思われますが、愛知県弁護士会紛争解決センターも外務省からの委託を受けてハーグ条約案件の取扱を行っておりますので、こちらの利用も検討してみてください。
(http://www.aiben.jp/global/Japanese_page/010_global_hagu.html)

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